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サンタクロースじゃなくて??

聖ニコラウスとクランプス
【12月5日・6日】 

12 月になると誰もが楽しみに待ちわびるクリスマス・プレゼント。多くの場合、サンタクロースがクリスマスに煙突から入り、プレゼントを靴下の中に入れてくれると伝えられていますが、実は敬虔なキリスト教徒が多いチロルやヨーロッパ諸国では、プレゼントはサンタクロースからではなく聖ニコラウスから、それも 12月6日に贈られるのです。しかも、その中身はピーナッツやミカン、チョコレートやお菓子などといった簡単なものです。


サンタクロースと聖ニコラウスはよく同じ人物と間違えられますが、実は全く違う人物なのです。聖ニコラウスは、4世紀に小アジアの古代都市ミュラ(現在のトルコに位置する)のニコラス司教(270~310)のことで、後のサンタクロースのモデルとなった人物です。1071年、彼の遺骨がコンスタンチノープルから北イタリアのバリへ長距離にわたって運ばれたとき、聖ニコラウスにまつわる伝説は一気にヨーロッパ中に広まりました。数多くの伝説が残されている中でも有名な3つの話をご紹介します。
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1つ目は次のようなものです。心優しいニコラウス司教がある日3人の娘をもつ貧しい父親に出会います。この父親には十分な花嫁資金がないため娘たちを結婚させることができずに困っていました。すると、聖ニコラウスは三夜続けてリンゴをこの家の窓に投げ入れるとこれが金の球に変化しました。そのお陰で娘たちは売春婦にならずに済み、無事に結婚することができたという伝説です。この言い伝えにより聖ニコラウスが描かれる場合、本の上に三つの金の球(または石)を持っていることが多くあります。

2つ目の伝説では、ある宿の主人によってメッタ切りにされた3人の悪い生徒が聖ニコラウスによって再び生き返らされたとされています。その後、聖ニコラウスはこの生徒たちを正すために宗教的な教育を行い、彼らが良い行いをするたびに小さなお菓子の褒美を与えました。この伝説により、聖ニコラウスは後に生徒や学生の守護神としても崇められるようになったといわれています。

3つ目の話では、聖ニコラウスの住む町で食糧危機がありました。そこへエジプトからコンスタンチノープルへ向かう穀物を積んだ船がとおりました。聖ニコラウスがその穀物をこの町に下ろし、売るように頼み彼らはそれを受け入れました。しかし、コンスタンチノープルに着くと、売ったはずの穀物が船に積まれていたと言われています。
12月6日、聖ニコラウスの日に、聖ニコラウスは良い子(生徒や学生たち)にプレゼントを持ってきてくれます。この「聖ニコラス祭」は今でもヨーロッパ各地でクリスマス前の行事として大変親しまれています。

 逆に、悪い子には「クランプス」と呼ばれる全身毛むくじゃらで腰に大きな鐘をつけた西洋版ナマハゲがやってきます。12 月5日、聖ニコラウス祭の前夜になると町のあちらこちらにクランプスが登場し、夜遅くまで町を歩きまわっている「悪い」子供たちや大人たちに棒やホウキで襲いかかっては「良い子」になるように促して回ります。このクランプスという不気味な存在は、その恐ろしい風格ながらも、実は心優しい聖ニコラウスの付添い人で、悪い子を正す役割を持っています。
 異教の悪魔を信じていたヨーロッパの人々は、冬になると自ら悪魔の姿となり鈴や鐘を鳴らしながら悪魔を追い払おうとしたことから、亡霊の群を表すクランプスの伝統が生まれました。聖ニコラウスが訪れる12月6日頃は亡霊にまつわる行事が最も集中する時期とされ、いつのまにか亡霊が聖人の付添い人として考えられるようになったのです。亡霊たちはチロル全土に存在し、様々な名前で呼ばれています。例えばクラウブアウフ(Klaubauf)、トゥイフル (Tuifl)、ペアシュトゥ(Peascht)、メースルファク(Möslfack)、タクセンハッカー(Taxenhacker)などです。これら亡霊たちは「クランプス」という代表名で知られています。
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迫力満点のクランプスは「悪い子」ではないかと疑った相手には、容赦なく誰にでも襲い掛かって来るため、中にはこの日はなるべく夜の外出を控える人や、女性はスカートを履かないようにする人などもいます。恐ろしいイメージを持つクランプスではありますが、チロルの人々にとってクランプスは聖ニコラウスの来訪を告げてくれる大切な存在です。町に賑わいをもたらすクランプスは、クリスマスシーズンならではの楽しい行事の一つなのです。